ドリーム☆ | 月刊ビオラ~Shimpei特集記事~

ドリーム☆

 

4月23日

が、叶い始めた。ついにイギリスでオーケストラに所属できたのだ。西欧のクラシック音楽が生まれた、ここヨーロッパで共に奏でる。なんて素敵なのだろう。ここが本家本元の場。バッハやチャイコフスキーやエルガーやリストや・・・数え切れないほど多くの作曲家と近い感覚を継承している風景、空気、文化、人々。その中で、日本で磨いてきた感覚を携え、挑戦する。そして語学学校以外の場で生の英語に接するチャンスを作りたかった。きっと、今まで頑張ってきたビオラを武器に、好きな音楽を媒体にすれば、素敵なコミュニケーションがとれる、ということを期待していたのである。この夢が俺をイギリスに向かわせ、その空想が今日、形を現し始めたのだ。

っかけは偶然に訪れた。運命的である。先日、道に迷い、自転車で地図を見ながらうろうろしていると、眼前に楽器屋が現れた。そこに「Dorset Philharmonic Orchestra弦楽器・楽団員募集」の張り紙があったのである。俺のために導いてくれたようなものである。もし道に迷わなければ見つからなかっただろうから。以前からオーケストラを探してはいた。ホストファミリーや学校の人に聞いてみたり、近所の大学やプロオケのホームページをチェックしてみたり。でも見つからず、次の手を考えあぐねていたところだった。

ストにその張り紙の写しを見せると、連絡先に電話してやる、と即座に提案してくれた。この力強い見方に甘え、電話してもらった。すると、練習に参加していいよという返事。ただ問題は車がないと行けないことであった。後日、また連絡をくれ、同じ方向の人に乗せていってもらえるよう手配してくれた。さらに連絡があり、その日は、つまり今日なのだが、コンサートの当日だという。驚いた。なんて寛容なのだろう。まだビオラの腕も確認してないのに、楽譜は初見なのに、俺の声さえも聞いていないのに。礼服は、日本から来てきっと持ってきていないだろうから、黒っぽいのならいいよ、とまたすごい。ノープロブレムだって。そして今日、数時間のゲネプロ(リハーサル)に参加しただけで、本番に出てしまった。なんという恩恵か。信じられない。

場に着くと、そこは緑林の丘に佇む学校であった。小さめな、演劇や音楽用のホール。何の曲が弾けるのか、どんなメンバーなのか、緊張と興奮を抑えながら、ホールに向かった。近づくにつれ、遠くから聞こえてくる管楽器。オーボエやフルートだろう。日本のオケで耳にしていた懐かしい音色。その幾つもの音の重なりは、俺を導いてくれているように、やさしく響いていた。

ールの中に入るとコンダクター(指揮者)が迎えて握手してくれた。このおじさまが色々お世話してくれていたみたい。館ひろしをもっと年取らせて接しやすくしたような、声色と外見。寛容さは彼の大きな懐に由来しているのだと実感した。彼の指揮振りを見ていても、その冷静さや寛大さが伝わる。ビオラの席に座ると、すぐにビオラトップのおじさんが笑顔で話しかけてくれた。自己紹介し終わると、今度は後ろのコントラバスのおじさんがニーハオ!とあいさつ。俺は日本人なのだけど、いちおうニーハオ!と返しておいた。話を聞いてみると、中国で英語の先生をしていたそうだ。彼に誰かが、ビオラの中国人が来た、と言ったらしい。俺でも、語学学校で日本人だか中国人だか韓国人だか区別できないことがあるから仕方ない。

は、デリウスという人の二曲、Rシュトラウスのオーボエ協奏曲、ベートーベンのオーバーチューン・クリオラン、メンデレスゾーンの4番。初見の一回目は楽譜を追うので精一杯だった。だから休憩時間にも練習し、エアー・ボウイング(弾けているようにごまかす技)を駆使し、何とかゲネと本番を乗り切った。このときほど立命館大学交響楽団での苦労に感謝したことはない。ホストファザーが、本番前にお腹が空くといけないから、と持たせてくれたサンドイッチのお陰でもある。

習中、コンダクターが指摘することや、プレイヤーが陥るミス、アマチュアオケの弱点は日本とさほど変わらなかったのが内心嬉しかった。もっと嬉しかったのは、ビオラがやっぱり少なかったことだ。あまり笑えないが。違うのは雰囲気だろうか。何度も、楽しんでいるか?とか、楽しもう!とか声を掛けられた。きちんと弾けた?とかは二の次。とにかく楽しんでいるかが彼らの第一条件であるようだ。楽しかったよ、と答えると、それを聞いて安心した、という笑顔を見せてくれる。

りは、例のコンダクター、デイビット・ジョンに車で送ってもらった。運転中、少し話をした。六月に次のコンサートがあり、来週から毎週金曜、練習に参加させてもらえることになった。車次第だが。次はチャイコフスキー、プロコフィエフ、ラフマニノフをやるそうだ。時期がちょうど良く、曲目すべてが俺の好きな作曲家なので驚いた。今日は初見で大変だったと言うと、事前に練習できるように楽譜を送ってあげるよ、と返してくれた。

乗した女の人が、何のために英語を勉強しているの?と尋ねてきたので、日本で仕事を見つけるためだ、と答えた。ほんとはそれだけじゃないけど、今の英語力では説明できない。すると、ジョンは「おまえは、このオケにずっと居るから、日本で就職できないよ」と嬉しいジョークを言ってくれた。女の人は続けて、こんな話をしてくれた。「ここに居るジョンの息子がね、今ギリシャに留学しているのよ。彼がそこで犬を買って、ジョンのところに送ってきたの。なんと飛行機で来たのよ。その犬はギリシャ語しか話せないから、今、あなたのように英語を勉強中なの。」俺は大ウケ。車内があたたかい。俺が「じゃあ、違った発音なんだね。」と言うと、「そうなの、変わったアクセントをしているわ。」だって。

に着き、俺は彼らに、サンキューベリーマッチ、と何度も言うことしかできなかった。本当はもっと、このあふれる感謝の気持ちを言葉にして伝えたかった。とても、もどかしかった。ホストマザーに今日の報告をすると、とても喜んでくれた。ジョンがとっても親切にしてくれたことを伝える。すると、「彼とは、電話でしか話したことがないけど、あの声がとってもとってもジェントルだったの。きっと親切に違いないわ。」とマザー。彼の声の良さにふたりで共感し、話が盛り上がった。

語をもっと勉強して、親切にしてくれる彼らに、もっと自分のことを知ってもらいたい。もっと楽しみを共有したい。もっと感謝を伝えたい。日本語が俺にとって大切なように、彼らが大切にしている英語で。そんな素敵な動機を、夢とともに手に入れたのだ。